子どものスマホルールを考える前に

ルールを決めたのに、うまくいかないのはなぜ? 

 子どもにスマートフォンを持たせるとき、多くのご家庭でまず考えるのは「ルールを決めよう」ということではないでしょうか。使う時間を決める、夜は親に預ける、知らない人とはやりとりしない、困ったことがあったら大人に相談する。どれもとても大切な約束ですし、何も決めないまま持たせるより安心できるのも確かです。 
 けれども、現実には、ルールを決めたからといって安心しきれない場面があります。時間を決めたのに守れない。知らない人と関わらない約束だったのに、いつのまにかやりとりしている。変なメッセージは無視するはずだったのに、気づけば返事をしてしまっている。そんなことは珍しくありません。 
 そのとき私たちは、つい「ちゃんと約束したのに」「どうして守れないの」と考えます。もちろん、その気持ちは自然です。ですが、そこで少し立ち止まってみたいのです。もしかすると、私たちが「ルール」と呼んでいるものの中には、ルールというより、「そうなってほしい」という願いが混ざっているのかもしれません。

「守るべきこと」と「できたらよいこと」は少し違います

 たとえば、「間違った情報は広めない」「怪しいメッセージは無視する」「時間になったら終わりにする」。どれもその通りですし、子どもに身につけてほしい大事な力です。ただ、これらは実際には、とても難しい内容でもあります。 
 なぜなら、子どもは「これは間違った情報だ」と分かっていて広めるとは限らないからです。むしろ、正しいと思うからこそ友だちに送ってしまうことがあります。怪しいメッセージも、最初から怪しいと分かっていれば反応しません。怪しいと思わないから、返事をしたり、開いたりしてしまいます。時間のことも同じです。分かっていて反抗しているというより、やめにくい流れに入ってしまい、そのまま抜け出せなくなることがあります。
 つまり、こうした約束は、「ルール」として掲げることには意味があっても、それだけで確実に行動を止められるものではないのです。ここを見落としてしまうと、守れなかったときに「意識が低い」「約束を軽く考えている」と受け止めやすくなります。しかし実際には、もっと別の理由が隠れていることが少なくありません。 

スマホの問題は、気持ちやその場の流れとも結びついています

 スマートフォンのトラブルは、知識が足りないからだけで起こるわけではありません。気持ちが不安定なとき、友だちとの関係で焦っているとき、仲間外れにされたくないと感じているとき、さみしさや退屈を埋めたいとき。そんな状態のときには、ふだんならしない行動をしてしまうことがあります。 
 たとえば、夜遅くまでやめられないのは、意思が弱いからと決めつけられないことがあります。やりとりが続いている、返さないと不安になる、動画を見ているうちに気持ちが切り替えられなくなる。そうした「やめにくさ」が、スマホにはたしかにあります。
 また、トラブルになる言葉のやりとりも、最初から悪気がある場合ばかりではありません。ちょっとした思い込みや勢い、相手の反応への不安、その場の空気に流されることなどが重なって、あとから振り返ると「なぜあんなことをしたのだろう」と思うような行動につながることがあります。
 だからこそ、スマホの問題を「約束を守るか、守らないか」だけで考えると、見えなくなるものがあります。大事なのは、その子がどんな状態のときに崩れやすいのか、どんな流れの中で止まりにくくなるのかを見ることです。 

家庭のルールは、子どもを縛るためだけのものではありません

 もちろん、だからといって家庭のルールが要らないわけではありません。むしろ、子どもがまだ十分に自分をコントロールできない時期ほど、外側から支える枠組みは必要です。使う場所を決める、寝る前はリビングに置く、困ったやりとりは一人で抱えず見せる。そうした具体的な約束は、子どもを守るうえでとても役立ちます。
 ただし、大切なのは、そのルールを「守らせること」で終わらせないことです。なぜその約束が必要なのか、どんなときに守るのが難しくなるのか、守れなかったときは次にどうしたらよいのか。そこまで一緒に考えることで、ルールはただの縛りではなく、子どもが自分を守るための手がかりになっていきます。
 親にとっては、ルールがあると管理しやすくなります。子どもにとっても、はっきりした基準がある方が動きやすいことはあります。ですから、「まずはルールで支える」という考え方自体は悪いことではありません。ただ、それがずっと最終形のままだと、子どもは「言われたから守る」「見られているときだけ気をつける」という段階から先へ進みにくくなります。

いつか必要になるのは「自分で立ち止まる力」

 子どもは、いつまでも親の目の届くところでスマホを使うわけではありません。年齢が上がれば、親に見えない場所で判断する場面が増えていきます。そのとき本当に必要になるのは、「ルールを知っていること」だけではなく、「いまの自分は大丈夫か」と立ち止まれることです。
 イライラしていないか。さみしさから誰かに反応しすぎていないか。急いで返事をしようとしていないか。これを送ったらどうなるか、一度考えられるか。そうした力は、一度きりの注意では身につきません。日々の会話の中で、「どうしてそうしたのかな」「そのときどんな気持ちだったのかな」と振り返る積み重ねの中で育っていくものです。
 ルールは、その力を育てるための入口にはなります。でも、入口のままで止めてしまうと、子どもは自分で考える前に「何が禁止されているか」だけを見るようになります。本当に育てたいのは、禁止されていなくても立ち止まれることではないでしょうか。 

その約束は、子どもの未来につながっていますか

 家庭のルールは、子どもを守るために必要です。けれども、それは子どもをずっと支配下に置いておくためのものではないはずです。やがて子どもは、親の管理から離れ、自分の力で選び、失敗し、立て直しながら大人になっていきます。
 だからこそ、私たちはときどき問い直してみてもよいのだと思います。いま作っているこのルールは、本当に子どもを守るものになっているだろうか。ただ従わせるだけのものになっていないだろうか。守らせることの先に、子どもが自分で考えられるようになる道筋はあるだろうか。
 ルールを決めることは大切です。ですが、それだけで安心しないことも同じくらい大切です。私たちが子どもに渡したいのは、「約束を守る子」という姿だけではなく、迷ったときに自分で立ち止まれる力なのだと思います。その視点を持てたとき、家庭のルールは、ただの宣言文ではなく、子どもの未来につながる支えになっていくのではないでしょうか。 

まとめ

・家庭のスマホルールは必要ですが、決めただけで安心できるものではありません。
・守れない背景には、知識不足だけでなく、気持ちの揺れやその場の流れ、やめにくさがあります。
・親が目指したいのは、約束を守らせることだけではなく、子どもが自分で考えて立ち止まれるようになることです。